teraのおとぼけ日記

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2013年 04月 05日

JYJ東京ドームで記者会見

JYJ “3年間約束ない待って…何でも感謝することになりましたよ”
ビルボードコリア2013.04.05 00:05:32 /修正時間2013-04-05 06:08:20
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3日連続東京ドームに立ったJYJ
"日本での活動出口を開きたい"

[ビルボードコリア東京=キム·ウンジュ記者]なんと3年もかかった。男性3人組JYJが日本、東京の心臓部である東京ドームの
舞台に再び立つまで。 JYJの日本活動を担当した前マネージメント社のエイベックスとの訴訟に巻き込まれながら
約束のない待つことが始まった。以後3年間、エイベックスを相手に専属契約不存在と損害賠償請求訴訟を繰り広げ
最近勝訴の判決を受けて、東京ドームで華やかに帰還した。

4日午後4時、日本東京都文京区東京ドーム。記者会見場で会ったJYJは、黒のスーツに白のワイシャツを備え​​
着て現れた。去る2010年6月東方神起からJYJに新しいチームを結成し、記念したコンサート "サンクスギビング
ライブインドーム(Thanks Giving Live in Dome)"。この日の東京ドームの舞台は3年間立つことのできない
最後になるとは知らなかったと回想した。メンバーユチョンは "3年前の公演を終えてここでスタッフと一緒に泣いた
覚えがある。当時は(この舞台に戻って立つまで)時間がかかるだろうと思わなかった "と話した。

JYJの帰還を知らせる東京ドーム公演は2日から開かれた。 4日は合計15万人​​の観客を集めた最後の公演が
行われた日だった。3年前と後再び先東京ドームの舞台何が変わったのだろうか。 "全曲が日本語ではないことと
ジュンスと私のソロアルバムを出し、新しいレパートリーが多く追加された点が大きく変わりました。観客も変わったんです。
たとえば、3年前に未婚であったが家族を養う子供を産んで連れてきた方もいて(笑)。このほか、他の点は、今も
昔も似ていると思います。ただ時間が流れていただけです。 "(ジェジュン)

久しぶりに帰ってきただけに、これまでの活動を整理する時間に舞台を構えた。去る2010年9月に初のワールド
ワイドアルバム 'ザビギニング(The Beginning)'、2011年9月に発売したアルバム 'のヘブン(In Heaven)'
2012年5月に発売したジュンスソロアルバム 'タランタルレグラ( Tarantallegra) '、去る1月に出したジェジュンの
ソロアルバム "アイ(I)'など多様な選曲で3年間の活躍を集大成した。

R&B、ヒップホップ、Jポップ、バラード、ロック、エレクトロニックなど多様なジャンルを打ち出したJYJ。このうち
いくつかの曲が目立つ。東方神起として活動する当時呼ばれた日本の歌手徳永英明の曲 "レイニーブルー(Rainy
Blue)"を選んだ。
ジェジュンは "5人でなければこの歌を歌わなくしたが、3人が久しぶりに立つ舞台と思い出を再確認したくて選曲に
なった"と説明した。 "レイニーブルー"を含めて日本の歌手の歌を5曲も選ばれた。絢香の歌 "みんな空の下"を
選択したジュンスは "日本活動に制約を体験する当時この歌を聞いて多くの慰労を得た。歌詞を見ながら3年間
ファンに会うことができなかった痛みをなだめた "と明らかにした。

3日間、東京ドームで15万人の観客と会ったJYJはワールドワイドアルバムのリリースを準備中だ。

次はJYJのメンバーたちとの一問一答。

Q.エイベックスとの訴訟で日本での活動がいつも失敗に終わってイライラしたようだ。

"日本は私たちの故郷とも同じ場所である。ファンも情熱的で、日本では多くの曲を発表した。ところが日本では
どのような活動をすることができないというのがもどかしいた。日本に続いて韓国までファンたちに会うことができる
通路が遮断されて大変だったがその時間が私たちを成熟するようにさせた。 大変だったが、その時間が私たちを
成長させた。それ以来、小さなことにも感謝することができる心ができた。それぞれドラマ、ミュージカル、映画など
様々な分野で良いニュースをたくさん聞かせてくれたようだ。今回の公演は、また別の始まりだと思う。 "(ジュンス)

Q.空白期があるにもまだ人気を維持する秘訣は何だと思いますか

"3年間待ってくれてファンたちに有難かったよ。何も変わっていないと感じたのはファンのおかげだ。おそらく
私たちが
熱心に努力する姿を好んでくれるようだ。お互いを信じて待ってくれたので大変な空白期を乗り越えることができた。
"(ジェジュン)

Q.今年でデビューしてから10周年になった。目的の別の計画があるのか


"10年前にブリトニースピアーズの曲で大衆の前に、最初のラインを覚えている。もうデビュー10周年だなんて
夢のようだ。嬉しいことも悲しいことも多かったが、貴重な経験になった。大変だった瞬間もあったが、戻したくないほど
幸せな時間だった。もう20周年に向かって行く。 "(ジュンス)

"今よりも多くのことを望まない。可能なこの仕事を長くしたいと思う。多くの制約があって見たら与えられた仕事に
取り組んでいたい。お金と人気を得るより長く活動するた​​めに関心を持ちたい。 "(ユチョン)

Q.活動期間中に最も大変だった記憶と最も幸せだった記憶を挙げるならば

"一番大変だった瞬間は、放送に出演することができないということだ。 (出演する日が)いつか分からないが最善を
尽くしたい。 "(ジュンス)

"東京ドーム公演で15万人の観客が私たちを待っていたことが確認できた。幸せな記憶となった。 "(ジェジュン)

Q.反韓流の雰囲気で地元の活動が容易ではないようだ。今後の日本での活動計画はどうなるのか

"法的な問題が解決されたとしてすぐに始めることができるわけではない。むしろ以前よりも難しいようだ。今回の
公演はJYJの日本活動の信号弾になったら良いだろう。ファンに信頼を植え付けながら勝ち進んでいるようだ。
小さな事にも感謝して熱心にする "(ユチョン)

東京=キム·ウンジュ記者happykim@billboardk.com

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by majintera2424 | 2013-04-05 11:16 | JYJ


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