teraのおとぼけ日記

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2012年 07月 04日

ユチョンの演技

JYJ ユチョン ― 静かに積った雪の力

10asia |2012年07月04日11時11分
「君、本当に白いんだね」

JYJのユチョンを見ると思い出すこのキャッチフレーズは、もちろん彼が出演したインスタントラーメンの
CMのキャッチコピーだ。しかし、それとは別にユチョンは見る者のため息を引き出す白である。
意欲と好奇心に満ちているけれども、まだ特定のイメージに囚われていない彼は、俳優として
どんな姿に描かれてもいいよう準備されているため、真っ白く見えた。少年の微笑と男の後姿の間で
確かな未熟さや成熟さとして規定されなかったため、より透明に見えたのかもしれない。

だが、「屋根部屋の皇太子」が最終話を終え、彼はもはや新しいキャンバスやブランクではなかった。
それなりに自分の役割を果たしていると思われていたこの新人は、ある瞬間から巧みな、または
熟練したものとは変えられない場面を作り出し、とうとう場面を、事件を、そして物語をリードしていく力を
発揮した。だからといって彼が他の色に塗り替えられたわけではなかった。依然としてユチョンは
本当に真っ白である。ただ、夜中に降り積もった雪のように、彼の持っている純白の情緒は彼の
短所という足跡をすっぽりと覆い隠すほど、厚くて威力のある武器として磨かれていた。


最終的には作品全体を納得させる

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いわばホール・イン・ワンを時々出すビギナーゴルファーのゲームを見ている気分だ。
発音や発声、呼吸や動線などの技術的な部分では依然としてユチョンは新人としてのキャリアを
隠すことは出来ない。フォームも完璧ではないし、パッティングも不安定。いつバンカーに向けて
ボールを飛ばすのか、見ている人をハラハラさせてしまう選手と言える。だが、練習で実力を積んだ
プロでさえ思うがままにならないホール・イン・ワンで勝負をつけてしまう妙な力量のように、ユチョンは
テクニックで完成できない感受性により、時々視聴者と一気に勝負をつけて勝利を得ている。
セリフやト書きなど、指摘しようと思えばできることがありありだが、イ・ガクが朝鮮から落ちてきた時の
当惑や、パク・ハと恋に落ちた瞬間のドキドキなど、状況に対する表現は充分に伝えている。
優れた俳優とは言い難いが、立派な演技を見せてくれる俳優。演技のイコライザーが普通のバランスと
は少々異なるように調律された役者なのである。

歌手出身の新人俳優の中でも、特にユチョンの演技に対しては好き嫌いがはっきりと分かれる理由が
ここにある。客観的な目線で採点すれば不合格のはずが、論述型の評価では出題者を満足させる
例である。訓練されたテクニックを俳優に望むのであれば、彼は演技の美学にも及ばない
ビギナーと言える。だが、俳優の役割がその人物を納得させるというものであるのなら、ユチョンは
不思議にも自らその近道をマスターした人物と言えるのだ。

KBS「トキメキ☆成均館スキャンダル」のイ・ソンジュンやMBC「ミス・リプリー」のソン・ユヒョンが
見せてくれた成果や限界もまた同じだった。初々しい彼の演技に、世間とは不仲でありながらも
母性愛を刺激する人物の特徴を発見した人々は彼の演技に納得し、ドラマの世界観にまで
同意せざるを得なかった。しかし、ユチョンと言う鍵が合わなかった人々には彼の演じた人物はもちろん、
作品に対する評価の基準まで異なるものとなった。「計算されたところのない、素晴らしい俳優」という
ハン・ジミンの評価は確かに褒め言葉ではあるが、一方では、それは賭けでもある。
切り札を出した瞬間、ユチョンに対する曖昧な評価はない。同意するか否定するか。
見る人の立場は鮮明に分かれるだけである。

120を超える俳優のキャンバス


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ユチョンが自身の演技に対して「自然に」と言う表現を特に多く使っているのは、注目すべき部分である。
彼は台本を通して自然に魅力を感じ、自然に人物と一体化し、自然に相手の演技に反応した。
彼にとって“自然”と言うのは、極端にリアルな日常生活の復元や、憑依に近いメソッド演技をすること
ではない。それは、ただキャラクターを理解し作品を受け入れる方法である。人物を理解するための
複雑な設計図を描く代わりに、「イ・ガクの真面目さと厳格な態度だけを前面に押し出そう」と判断したり、
「よりイ・ガクになりきればヨン・テヨンのふりをするイ・ガクも演じられる」と決めたことは、そうした過程に
より導き出された自然な結果である。そして、常にまっとうな道を選んで歩いているわけではないが
最終的には目的地に到着することで、ユチョンの賭けは高く評価される。ただ、まだナビゲーションとは
違うルートを歩いているので、彼は次回もその音声ナビから自由になることはできないだろう。

興味深いのは、「屋根部屋の皇太子」が視聴者に望んでいることが、こうしたユチョンの演技スタイルと
似ているということである。ストーリの必然性や筋道、キャラクターの演出や調節など、ドラマは様々な
部分で失敗の危険を背負っていた。それにもかかわらず、時空を超えた永遠の愛と言うテーマだけは
確かに表現されていたし、そのたった一つの輝きによって他の短所は水に流された。
そして、その重要な愛を物語るために、ドラマは奇想天外な繋がりを引き出したり、話題となる名台詞を
並べることによって、俳優が視聴者からの信頼を得ることができた。

イ・ガクの愛はユチョンの目線、声、真心により説明され、俳優と作品のクライマックスが同じスピードで
同じ地点に到着したおかげで、第20話のラストシーンがこの作品の積み上げてきた以上の力を
発揮できたのである。「台本を読んだだけで脚本家の本心が伝わって来た」というユチョンの言葉が
ただのお世辞に聞こえないのはその理由である。「120を見せる俳優になりたい」という抱負がただの
虚勢に聞こえないのもそのためである。ナチュラルで自由に人物を理解し、それに没頭できる環境さえ
整えてくれれば、ユチョンのイコライザは期待以上の数値を記録するだろう。だから彼は今も
不安な新人俳優であり、期待されるホープでもある。そして、引き続き両方から見守られることに
なるという点で同じ力を発揮するだろう。最終的に白に染まってしまうのか、全てを真っ白く覆って
しまうのか。結果が知りたいのはどっちも同じである。

元記事配信日時 : 2012年06月07日14時00分 記者 : ユン・ヒソン、編集 : イ・ジヘ、翻訳:イム・ソヨン

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by majintera2424 | 2012-07-04 12:10 | パク・ユチョン


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